◆14.闇◆ 曇り一つない、煌く銀色のボディ。 その中に、人知れず抱えていたー闇ーを、自分達は見てしまった。 それは同時に、自分達の中にあるー闇ーを知る事になる。 それぞれが、ー心の闇ーを持つ。 それが機械生命体であるトランスフォーマーであっても。 「EDC監査局の結論が出た。ストリークのBT化は一時凍結すると…」 「そうか」 「スモークスクリーンとランボルの開発計画を前倒しで行う。二人の蘇生結果のよってストリークの蘇生時期も改めて検討する」 プロールは敢えて事務的に、会議の結論を副官であるマイスターへ報告した。 それに対してのマイスターの返答は、至極簡単な物だった。 感情を押し殺したような声。それだけで、彼の今の表情が分かる。 プロ―ルはマイスターの表情が見えない背後に立ったまま、話を続けた。 「君の提案どうり、自分も一時凍結案に賛成した」 「…すまない、プロール…」 ラボの一室。ガラス張りの壁の向こうに、調整ベッドに横たえられおびただしい数の接続コードに繋がれたストリークが「眠って」いる。 その姿は痛々しい。しかし今の二人には、ただ見守る事しか出来ない。 「暴走の原因は…分かったのか?」 出来れば触れたくない、しかし、知っておかなければ今後同じ事態が起きた時、どうすれば良いのか…。 副官である自分の立場を呪いながらも、マイスターは敢えて尋ねた。 マイスターの心情を理解しているプロ―ルは、多くは語らず、ただ簡潔に結論だけを述べるように心掛けている。 プロ―ルは手に持っていた一冊のファイルをマイスターに手渡した。 「ラチェットがまとめた、ストリークのカルテだ」 手渡されたファイルに黙って目を通していたマイスターは、次第にその表情を曇らせ、読み始めた時と同じ様に、ただ黙ってファイルを閉じた。 そこに書かれていた、自分でも気付かなかった彼の真実。 「言語中枢回路容量の異常拡張、思考伝達系統への情報量抑制、アクセス不可能な記憶領域…、コレがストリークの暴走の原因か」 「決定的な項目はラチェットにも判断しかねるそうだ、しかし、ストリークのパーソナルコンポーネントには明らかに異常があった」 「せめて、移植前に発見できていれば…」 そう悔やんでみても、こればかりはどうしようもない。発見できた所で彼のBT化が先送りになる事は避けられないだろう。 プロ―ルはこのファイルを手渡した時のラチェットの言葉を、そのままマイスターに伝えた。 「これは「ブラックボックス」の中に有った要因だ。そこに手を伸ばしたがる技術者はそうそう居ないだろう」 ーブラックボックスー。それは言わば、彼の中のー闇ー。 「我々にも生命体の種として、個々の尊厳を唱える倫理観は有る。ブラックボックスに触れると言う事は、その者の心を知ってしまう事になる」 「これが、彼の本心だと…」 「ストリーク自身も、おそらく気付いては居ないだろう」 「やはり…そうだったか」 ガラスの向こうで眠り続ける彼が、つい先日、此処を壊滅させる程の暴走を起こした本人だとは思えない。 作りかけのロボットのように、コードに繋がれ何時とは分からない目覚めの刻を待っている。 「今まで抑制されてきた感情が、移植によって開放され、制御不可能のまま破壊衝動となって表れた、結論だけを言えばそうなる」 問題は、何故そこまでに至ったか?、だった。 「ストリークは、戦いを望んではいなかった…」 眠り続けるストリークを見つめながら、マイスターはポツリと零した。 「辛い過去を持っているのは、皆も同じだろう。しかし、その受け止め方はそれぞれ違う…。我々が思っている以上にストリークの心の傷は大きかった。彼は、言葉を話す事で自分の感情を隠して来た。その言葉が多ければ多いほど、本当の感情を隠してしまっていたんだ」 先程のカルテに書かれていたストリークの異常、それが何時、何故現れたのか。 マイスターは、初めて気付いた。 「戦いを望んでいない彼に、戦う事を強要していたのは、私だった…。口にする言葉だけを信じて、その本心までは知る事が出来なかった私が、彼をここまで追い詰めていたんだ…」 プロ―ルは何も言わずに、ただ黙ってマイスターの話を聞いていた。 「あの時もそうだ…、基地が襲撃されコズミックルストがばら撒かれた時、ストリーク一人だけなら逃げる事も出来たはずだ、しかし、彼は…私を庇って……」 『マイスター副官!、先に行って下さい!』 『君一人じゃ無理だ!』 『大丈夫ですって!、時間稼ぎくらい出来ます!。本当にヤバくなったら俺だって逃げますって。さあ早く!』 『……分かった。無茶はするなよ』 『了解!』 しかし、ストリークは逃げなかった。 「大丈夫だと、彼の言葉を信じて私は…彼を置いて逃げた……、その結果がこれだ。全て私の責任なんだ…っ!」 今まで気丈にも耐えていたマイスターの感情が、堰を切って流れ出した。 肩を震わせ、今にも泣き崩れそうなマイスターを、背後から見守るだけだったプロ―ルがそっと手を差し伸べ、支えた。 涙は流れない泣き顔でも、やはり見たくない物だった。 「マイスター、君が後悔してはいけない」 聞き役に徹していたプロ―ルは、支えていた手に力を込めて引き寄せると、初めて視線を合わせ、マイスターのその表情を確かめながら、はっきりと言った。 「君が後悔すれば、その心はやがて君の心の中に影となって残るだろう。もし、その影にストリークが気付いた時、アイツはまた自分を追い詰める」 「プロール…」 「確かにアイツは戦いが嫌いな奴だ。しかし、弱い奴じゃない。きっと戻ってくる」 そう言ってプロ―ルは微笑んだ。 少しでもマイスターの不安を取り除けるようにと、力強い言葉と優しい笑みで彼の心を支えていた。 「これは戦略家としての意見じゃない。ストリークの幼馴染としての俺からのお願いだ。マイスター、彼を信じてくれ」 プロ―ルの表情には迷いが無かった。 揺ぎ無い自信と信頼が、マイスターを少しずつ安心させて行く。 後悔してはいけない。彼『ストリーク』の為に。 信じなければいけない。彼『プロール』の為に。 今、自分が成すべき事は、過ぎた事を悔いて嘆くのではなく、これから生まれ変わる彼を、どう受け入れるか。 「分かった、信じるよ。君も、彼も」 マイスターは微笑んだ。いつもの様に。 「悔やんだり悲しんだりする事は、辛いだけだ。そんな思いを生まれ変わった彼もさせたくは無いからね」 「その通りだ。我々がしなくてはならない事は、一刻も早く仲間を助ける事だ」 眠り続けるストリークを見つめ、二人は心に誓った。 もう、悲劇は繰り返さないと――。 曇り一つない、煌く銀色のボディ。 その中に、人知れず抱えていたー闇ーを、自分達は見てしまった。 それは同時に、自分達の中にあるー闇ーを知る事になる。 それぞれが、ー心の闇ーを持つ。 しかし、そのー闇ーに光をさす事も出来るのだと、彼等は信じている。 <END> 2005.12/20UP |
この話は「TFお題」の5.激戦と24.うるさいとも微妙にリンクしています。合わせてご覧頂けると少しは納得して頂けるかと…。 |