14.闇


曇り一つない、煌く銀色のボディ。
その中に、人知れず抱えていたー闇ーを、自分達は見てしまった。
それは同時に、自分達の中にあるー闇ーを知る事になる。

それぞれが、ー心の闇ーを持つ。
それが機械生命体であるトランスフォーマーであっても。



「EDC監査局の結論が出た。ストリークのBT化は一時凍結すると…」
「そうか」
「スモークスクリーンとランボルの開発計画を前倒しで行う。二人の蘇生結果のよってストリークの蘇生時期も改めて検討する」
プロールは敢えて事務的に、会議の結論を副官であるマイスターへ報告した。
それに対してのマイスターの返答は、至極簡単な物だった。
感情を押し殺したような声。それだけで、彼の今の表情が分かる。
プロ―ルはマイスターの表情が見えない背後に立ったまま、話を続けた。

「君の提案どうり、自分も一時凍結案に賛成した」
「…すまない、プロール…」

ラボの一室。ガラス張りの壁の向こうに、調整ベッドに横たえられおびただしい数の接続コードに繋がれたストリークが「眠って」いる。
その姿は痛々しい。しかし今の二人には、ただ見守る事しか出来ない。


「暴走の原因は…分かったのか?」
出来れば触れたくない、しかし、知っておかなければ今後同じ事態が起きた時、どうすれば良いのか…。
副官である自分の立場を呪いながらも、マイスターは敢えて尋ねた。
マイスターの心情を理解しているプロ―ルは、多くは語らず、ただ簡潔に結論だけを述べるように心掛けている。
プロ―ルは手に持っていた一冊のファイルをマイスターに手渡した。
「ラチェットがまとめた、ストリークのカルテだ」
手渡されたファイルに黙って目を通していたマイスターは、次第にその表情を曇らせ、読み始めた時と同じ様に、ただ黙ってファイルを閉じた。

そこに書かれていた、自分でも気付かなかった彼の真実。

「言語中枢回路容量の異常拡張、思考伝達系統への情報量抑制、アクセス不可能な記憶領域…、コレがストリークの暴走の原因か」
「決定的な項目はラチェットにも判断しかねるそうだ、しかし、ストリークのパーソナルコンポーネントには明らかに異常があった」
「せめて、移植前に発見できていれば…」
そう悔やんでみても、こればかりはどうしようもない。発見できた所で彼のBT化が先送りになる事は避けられないだろう。
プロ―ルはこのファイルを手渡した時のラチェットの言葉を、そのままマイスターに伝えた。
「これは「ブラックボックス」の中に有った要因だ。そこに手を伸ばしたがる技術者はそうそう居ないだろう」

ーブラックボックスー。それは言わば、彼の中のー闇ー。

「我々にも生命体の種として、個々の尊厳を唱える倫理観は有る。ブラックボックスに触れると言う事は、その者の心を知ってしまう事になる」
「これが、彼の本心だと…」
「ストリーク自身も、おそらく気付いては居ないだろう」
「やはり…そうだったか」
ガラスの向こうで眠り続ける彼が、つい先日、此処を壊滅させる程の暴走を起こした本人だとは思えない。
作りかけのロボットのように、コードに繋がれ何時とは分からない目覚めの刻を待っている。
「今まで抑制されてきた感情が、移植によって開放され、制御不可能のまま破壊衝動となって表れた、結論だけを言えばそうなる」

問題は、何故そこまでに至ったか?、だった。


「ストリークは、戦いを望んではいなかった…」
眠り続けるストリークを見つめながら、マイスターはポツリと零した。

「辛い過去を持っているのは、皆も同じだろう。しかし、その受け止め方はそれぞれ違う…。我々が思っている以上にストリークの心の傷は大きかった。彼は、言葉を話す事で自分の感情を隠して来た。その言葉が多ければ多いほど、本当の感情を隠してしまっていたんだ」
先程のカルテに書かれていたストリークの異常、それが何時、何故現れたのか。
マイスターは、初めて気付いた。
「戦いを望んでいない彼に、戦う事を強要していたのは、私だった…。口にする言葉だけを信じて、その本心までは知る事が出来なかった私が、彼をここまで追い詰めていたんだ…」
プロ―ルは何も言わずに、ただ黙ってマイスターの話を聞いていた。
「あの時もそうだ…、基地が襲撃されコズミックルストがばら撒かれた時、ストリーク一人だけなら逃げる事も出来たはずだ、しかし、彼は…私を庇って……」


『マイスター副官!、先に行って下さい!』
『君一人じゃ無理だ!』
『大丈夫ですって!、時間稼ぎくらい出来ます!。本当にヤバくなったら俺だって逃げますって。さあ早く!』
『……分かった。無茶はするなよ』
『了解!』


しかし、ストリークは逃げなかった。

「大丈夫だと、彼の言葉を信じて私は…彼を置いて逃げた……、その結果がこれだ。全て私の責任なんだ…っ!」
今まで気丈にも耐えていたマイスターの感情が、堰を切って流れ出した。
肩を震わせ、今にも泣き崩れそうなマイスターを、背後から見守るだけだったプロ―ルがそっと手を差し伸べ、支えた。
涙は流れない泣き顔でも、やはり見たくない物だった。


「マイスター、君が後悔してはいけない」
聞き役に徹していたプロ―ルは、支えていた手に力を込めて引き寄せると、初めて視線を合わせ、マイスターのその表情を確かめながら、はっきりと言った。
「君が後悔すれば、その心はやがて君の心の中に影となって残るだろう。もし、その影にストリークが気付いた時、アイツはまた自分を追い詰める」
「プロール…」
「確かにアイツは戦いが嫌いな奴だ。しかし、弱い奴じゃない。きっと戻ってくる」
そう言ってプロ―ルは微笑んだ。

少しでもマイスターの不安を取り除けるようにと、力強い言葉と優しい笑みで彼の心を支えていた。

「これは戦略家としての意見じゃない。ストリークの幼馴染としての俺からのお願いだ。マイスター、彼を信じてくれ」
プロ―ルの表情には迷いが無かった。
揺ぎ無い自信と信頼が、マイスターを少しずつ安心させて行く。


後悔してはいけない。彼『ストリーク』の為に。

信じなければいけない。彼『プロール』の為に。


今、自分が成すべき事は、過ぎた事を悔いて嘆くのではなく、これから生まれ変わる彼を、どう受け入れるか。



「分かった、信じるよ。君も、彼も」
マイスターは微笑んだ。いつもの様に。
「悔やんだり悲しんだりする事は、辛いだけだ。そんな思いを生まれ変わった彼もさせたくは無いからね」
「その通りだ。我々がしなくてはならない事は、一刻も早く仲間を助ける事だ」
眠り続けるストリークを見つめ、二人は心に誓った。

もう、悲劇は繰り返さないと――。



曇り一つない、煌く銀色のボディ。
その中に、人知れず抱えていたー闇ーを、自分達は見てしまった。
それは同時に、自分達の中にあるー闇ーを知る事になる。

それぞれが、ー心の闇ーを持つ。

しかし、そのー闇ーに光をさす事も出来るのだと、彼等は信じている。


<END>
2005.12/20UP



この話は「TFお題」の
5.激戦24.うるさいとも微妙にリンクしています。合わせてご覧頂けると少しは納得して頂けるかと…。