◆29.基地の前で◆ 地球シティの周囲は豊な自然で囲まれていました。その中に立てばトランスフォーマーと言えども小さく感じるほど。 1本の枝を大きく広げた木の下に凭れながら、ストリークは遠くを見つめていました。それは青い青い空。ゆっくり流れる雲を観察していました。 「何が見える?」 声を掛けられて視線を廻らせると、空の色をそのまま切り取ったような青いボディを持つスモークスクリーンが近付いて来ました。 「お前と同じ色の空だ」 ストリークは気兼ねの要らない古い友人に微笑んで、また空を見上げました。スモークスクリーンは彼の隣に立つと同じ様に木に凭れて空を見上げました。 すると、僅かに揺れた木が聞きなれない音を出しました。 「何だ?」 「ああ、枝の間に鳥の巣があるのさ」 「何処何処?」 「ほら、その上の枝の交差している所、さっきの振動で雛が驚いたんだろう」 「あれかぁ、雛って鳥の子供の事か?」 「俺は地球の生き物には詳しくないけど、ハウンドに聞けば知ってるんじゃないか?」 二人は木に振動を与え無いように気を使いながら上を見上げました。小さな巣から時々小さな翼やくちばしが見えました。 スモークスクリーンは気付きました、先程自分がバルコニーで見たストリークとZoom―Zoomは、この鳥の巣を観察していたのだろうと。 「あの巣…落ちそうだな」 「やっぱりそう思うか?、俺もそう思って代わりに巣箱を造ってやろうと思うんだ」 「お前が?」 「俺じゃない、作るのはZoom―Zoomだよ」 「ほ〜ぉ、なるほどねぇ…」 スモークスクリーンは思った通りと心の中で笑いました。そんな彼の意味深な言い方にストリークは気付かずに首を傾げました。 そして二人の間に静かな時間が流れました。それはとても穏やかな時間。 「なあストリーク」 「ん?何?」 スモークスクリーンの何気ない呼びかけに、彼に振り向いて返事をしたストリーク。その時スモークスクリーンははっとしました。 そこには懐かしい彼が居ました。二人がまだ変わってしまう前の、彼が知っている一番最初のストリークが居ました。 「どおしたんだ?」 「…いや、別に」 懐かしい、そして愛しい。壊れてしまった物が少しづつ癒されているんだと、スモークスクリーンは思いました。 あの日、彼を見つける事が出来なかったら、二人は今此処には居なかったでしょう。スモークスクリーンは自分が運の強い方だと思っています、そのお陰で生き残りことが出来て、あの悲惨な場所から大切な親友を助け出す事が出来た自分の運の強さに、改めて感謝したい気持ちでした。 『助けたのは俺でも、救ったのは俺じゃない…』 自分で決めた約束、それはもう必要無いもの。 『俺が付いていなくても、お前はもう大丈夫だからな』 スモークスクリーンはストリークの正面に立って、そっと手を伸ばしました。そしてゆっくりとストリークの胸のボンネットのラインをなぞりました。素体デザインは同型でも、自分とは番う美しさを持つボディを慈しむ様に両の手で包むとその先にキスを落としました。 「お…おい、何して…?」 「地球じゃな、自分の愛車にキスをする習慣が有るんだってさ」 「だからって、俺はお前の愛車じゃないって」 「一緒に星中を走り回った仲だろ?」 スモークスクリーンは気にせずに同じ様に何度もキスをしました。抵抗しようとしたストリークの腕は直ぐに彼に掴まって逆に自分の動きを封じられてしまう形になりました。スモークスクリーンが体重を掛けた事で、寄り掛かっていた木に二人分の重さが急に掛かり、少し強めの振動が伝わりました。そして驚いた雛の鳴き声が上から降ってきました。 「暴れると、鳥の巣が落ちちまうぞ?」 「お前…卑怯者…っ!」 ストリークは抵抗する事を我慢して、スモークスクリーンのしたい様にさせるしかありませんでした。お互いのボディが干渉して、傍から見たら滑稽な行為。ただ身体をぶつけているだけの様でいて、それは明らかに何らかの意思を含んだ行為でした。 言うなれば、抱擁。 「生きていてくれて、良かった…」 ストリークに寄りかかったまま、スモークスクリーンは言いました。 「あの時、お前を見つけ出せて、本当に良かった」 それは二人の間で今まで禁句にしてきた「記憶」でした。触れることを避けてきた過去の傷を、今はもう隠す必要な無いんだと、スモークスクリーンは敢えて話しました。 ずっと伝えたかった事、彼の元を去る餞別代り。 「傍に居る事が出来て、良かった…ストリーク」 「…スモーキー…」 それは古い呼び名。 寄り掛かる重さが何かを伝えていました。ストリークは自分からも彼に寄り掛かりました。 「俺はもう、大丈夫だよ…、スモーキー、ありがとう」 二人は顔を見合わせて微笑みました。開放された約束、二人がまた以前の様な親友に戻れる始まりでした。 ストリークは気付いていました、彼が自分の側に居て影から助けてくれていた事を。でもそれに感謝する事が今まで出来ませんでした。 あの時、スモークスクリーンが見つけてくれなかったら、自分は自分で作った残骸の山の中で死んでいたことでしょう。 死ぬ事は怖かった、でも…それから、生きる事も辛かったのです。あの時あの場所で死ねていたらと、何度も思ったのです。戦場で生きて行くうちに壊れてゆく自分の心を、どうする事も出来ない日々。ストリークは今まで、命の恩人の親友に「ありがとう」と一言も言えませんでした。 今でも、死ぬのは怖い、戦う事もしたくはありません。でも、生きる事が辛い事だと思わなくなりました。何故なら自分には、守るべき大切な存在が傍に居るから…。 「あの子が居るから、大丈夫だよ」 「そうだな、いいパートナーを見つけたな」 そしてもう一度、銀色に輝く胸に優しくキスを落としました。 その時。スモークスクリーンの肩越しに見えた人影にストリークは気付きました。 「あ…」 赤いボディを晴れた日差しに輝かせるZoom―Zoomが、両手に荷物を抱えてそこに立ったまま、じっとこちらを見ていました。 ――ガギッ!!―― ストリークは咄嗟にスモークスクリーンを殴り倒しました。突然の衝撃に殴られた彼はそのまま地面に倒れこみました。 「ちょ…お前!!、いきなり殴るな!メインシャフトが歪んだらどうする!」 「何時までも調子こいてんじゃねぇ!このバカ!、子供の見てる前で何してくれてんだ!」 もし彼らが人間だったら、きっと顔を真っ赤に上気させて、羞恥心が目に見えていた事でしょう。ストリークはいつもの調子でスモークスクリーンを怒鳴りつけました。それが照れ隠しだと気付かれているのも知らずに。 スモークスクリーンは起き上がって辺りを見回しと、少し離れた所に立ってこちらを見ているZoom―Zoomに気付きました。自分達が何をしているのか、あの子にはまだ分からないでしょう。 Zoom―Zoomは目の前で行われていた二人の行為を一生懸命考えていました。そして気まずそうなその場の雰囲気を察したのか、一歩後ずさりました。 「Zoom―Zoom…そこで引くな、余計に気まずくなるだろぉ…」 「まぁ、コレはアレだな」 「何だよ?」 「副官とプロールが宜しくヤってる最中に踏み込んじまった、お前の気持ち」 「生々しい喩えは止めろぉ!!」 「分かりやすい喩えだろ」 「分かりたくねぇよ!」 そんな二人の遣り取りを見て、Zoom―Zoomはまた一歩後ずさりました。このままでは引き返して行ってしまうでしょう。 「はいはい、邪魔者は退散するよ」 「まったく、何しに来たんだよお前は」 「そうだなぁ、強いて言うなら…友情の再確認?」 「疑問型で言うな、心配しなくてもそう簡単に切れる関係じゃないだろ?スモ―キー」 ストリークは笑いました、それは昔とは違う今の彼の笑顔。でもそれはとても素直な癒される笑顔とスモークスクリーンの目には映りました。 辛い過去と苦しい現在を一つにして、それを「尊い思い出」に昇華する事が出来た、新しい未来への笑顔。 救われた。彼も、そして自分も。 スモークスクリーンは歩き出してその場から離れました。そして歩む先に居たZoom―Zoomと擦れ違い様にふと立ち止まってこっそり話し掛けました。 「お前、見てた?」 Zoom―Zoomは少し考えて、うん、と頷きました。 「じゃぁ、同じ事をアイツにしてやりな。喜ぶと思うぞ」 悪戯っぽく言った彼に、Zoom―Zoomはまた少し考えてから、うん、と頷きました。 そのままスモークスクリーンは立ち去って行きました。背後でストリークが何か言っているのが分かりました。そして数秒の沈黙の後、悲鳴のような叫び声が聞えました。 素直な子で良かったと、スモークスクリーンは心の中で笑いました。 基地の中に入る前に、もう一度空を見上げました。青い空に白い雲がゆっくり流されていました。そして眩しい陽の光が降り注いでいます。 時折日差しを遮る雲を見て、それはまるで自分のようだと思いました。 「邪魔な雲は去って消える…か」 今日は雨は降りそうにありません。 スモークスクリーンは先程の木の前に居る二人を振り返る事無く、基地の中に入って行きました。 <END> 2006.6/5UP |
詳細はTFお題9.空をご覧下さい。まずそちらを読んで頂かないとサッパリと言う伏線だらけの話です。 スモスクさんは不憫な彼の親友でした(過去形ですか)。故郷を無くしてからずっとその関係は変ってしまっていました。その間にあった絆とは…?。 スモスクさんも不憫な彼が好きでした。昔から、人格が変貌する前からずっと大切な親友として好きでした。それが少し愛情に傾いて、そして今はまた友情に戻ったと。なんのこっちゃ?とか突っ込まない下さいスモスクさんも不憫になっちゃいますから。 そしてこの話の見所は、インプのボンネットを愛撫するスモスクさんです。 インプのボンネットって可愛い。 |
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