9.空

地球シティのバルコニーで、青い空と同じ色をしたボディを持つ者が居ました。彼は外を眺めて、その視線の先に居る風景を観察しました。
大きく枝を張った木の下で、彼の仲間が二人居ます。一人は凍えるような銀色、もう一人は燃える様な赤。二人は木を見上げながら何かを話しています、二人を見つめる彼の眼には、それはとても仲睦まじく写りました。
彼はその光景を優しい視線で見守りました。

銀色をした者はとても良く喋ります。でもそれは本意ではない事を彼自身と彼の周りに居る一握りの人物は知っています。でも生まれたばかりの赤い者は何も知りません、それが幸運だったと誰もが思いました。
何も知らない無垢な存在は、よく喋る彼を無口にして行きます、そしてその代わりに彼に穏やかな笑顔を作らせるようになりました。
その穏やかな笑顔は、今も目の前で赤い者に向けられています。
かつては自分も目にしていた笑顔。それは今では懐かしい物と成っていました。それほど長い間、その穏やかな笑顔は隠されてしまっていたのです。


スモークスクリーンは、ふと昔に思いを馳せました。


それは故郷の星で起こった、自分達が戦士に成らざる得なかった切欠と成った悲劇。


『ストリーク!、何処だ?!ストリーク!』
二人はその日は仕事が休みで、それぞれの家に居ました。平穏な一日が終ろうとしたその日の夕刻、街は炎に包まれました。後に彼らの敵となる集団は街を破壊し、エネルギーと街に住む人々の命を奪って行きました。その光景は当に地獄と呼べる壮絶な物、その中をスモークスクリーンは彼を求めて走り回りました。二人は仕事上のパートナーでした、同時に大切な親友でもありました。スモークスクリーンは彼の無事を願って走り回りました。

街が炎に包まれて随分時間が経ち、略奪に満足した敵は引き上げて行きました。辺りが静かに成り始めた時、やっとストリークを見つける事が出来ました。

それは目を疑うような無残な光景の中で、彼の親友はただ一人で立っていました。

ストリークは夥しい数の残骸の中に立っていました。それは街を襲った敵の姿でした。
彼は右手に剣と左手に銃を持っていました。それは足元に転がっている残骸から奪った物でした。

スモークスクリーンは、此処で何が起こったか直ぐには理解できませんでした。何故なら、彼の親友はこんな悲惨な現場に平気で立っていられるほど冷酷な心を持っていません、此処とはもっとも遠い場所に居る少し臆病で心優しい人です。
それが今は、ストリーク自身がこの惨状を作り出した?、右手に握られた剣と彼の身体には、切り裂いた相手の身体から浴びた返り血がべっとりと張り付いて、それが事実だと物語っています。
スモークスクリーンは信じられませんでした。

彼の姿に気付いたストリークは、ゆっくりと視線を向け、平然と言いました。
『皆、死んだよ』
『ストリーク…お前…』
『俺が、殺した』
『お前が、そんな…』
『俺も、死ぬのかな?』
ストリークの両手から武器が滑り落ちました。それから体が傾き前へと倒れこみました。
『ストリーク?!』
彼の身体が地面に激突する前に、スモークスクリーンは彼を抱き止めました。
『―――、―――っ!』
抱えられたストリークは、彼の腕にしがみ付きながら声を絞り出すように訴え始めました。
『何…?』
『怖い…っ、怖いよ…っ!』
『ストリーク…』
『助けて…嫌だ…助けてっ!』
恐怖に怯え助けを求めて泣くストリークの痛々しい様子に、スモークスクリーンの心も痛みました。
『もう大丈夫だ…、俺が付いてるから、大丈夫だよ、ストリーク…』
腕の中で震える身体を抱き締め、スモークスクリーンは安心させるように何度も大丈夫と優しく繰り返しました。


その翌日、首都からの救援隊がこの街で保護した生存者が自分達二人だけだったと、スモークスクリーンは後から知りました。


あの日から、もう随分長い時間が過ぎ、辛い記憶を封じる為に二人はそれぞれの道を歩み始めました。
ストリークは自分の心を壊し、閉じ込めて、新しい自分を創ることで克服しようとしました。
スモークスクリーンは、そんな彼を影から見守り、気付かれぬ様に手助けしました。

そして現在。

新しい身体で蘇った二人は、それぞれの道を更に進み始めていました。
ストリークの傍にはZoom―Zoomが居ます。地球とトランスフォーマーを結ぶ掛け橋になる存在として生まれた、新しい生命。
あの子がストリークを癒し、辛い記憶を尊い思い出へと昇華させたのです。今まで傷付いて苦しんで来た心を治して行きました。


スモークスクリーンは再び意識を視線の先へと戻しました。

「俺の役目ももう終ったな」
あの時の言葉を、ずっと守り続けてきた。その約束からついに開放される時が来たと、彼は思いました。

『俺が付いてるから、大丈夫だよ』

この言葉は、きっとそのまま二人に受け継がれている事でしょう。
ストリークがZoom―Zoomに誓った約束の言葉として。

でもそれは、二度と開放される事が無い、永遠の約束であって欲しいとスモークスクリーンは密かに願っていました。


ストリークに何かを言われZoom―Zoomはそれに何度か頷くと、彼のもとを離れ基地の中へと入って行きました。木の下にはストリークが一人残されています。
これからそこで何かを始めるつもりでしょう。二人で仲良く。


自分と同じ色の空を見上げながら、スモークスクリーンは言いました。

「雨でも降らないかなぁ」

それが今の自分の気持ちを代弁してくれるでしょう。

スモークスクリーンはバルコニーから去って行きました。



<END>
2006.6/4UP


スモスク×不憫な彼ネタ。
最後の「雨でも〜」の下りが、スモスクさんの気持ちを業現しています。友情の延長にある愛情。それも一つの愛し方。
過去のトラウマ話を書けたのでそれはそれで満足です。ここから彼と彼の周りの人々の運命が始まっています。
この話の後日談が29.基地の前でに続いています。

文章の語り口が今までと明らかに違いますが、その原因は海外ファンフィクションの翻訳の影響です。文末の「〜です、」「〜ます。」「〜でしょう」の丁寧語とキャラ同士の会話が敬語。そんな文法漬けの日々を送った結果、翻訳口調が見に付いてしまいました。しかもその方が書き易いときたもんで。しばらくはこの語り口調で行こうと思います。

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