22.戦闘二時間前


一ヶ月前、あの時から既に『運命』は動き始めていたのかもしれない。

2月14日、それは地球で覚えたささやかな季節行事だった。その日が意味する所を口実に、全ての想いを打ち明けた、あの日から…。
そして一ヵ月後、運命の瞬間は突然訪れ、何もかも消し去ってしまった。

ほんの少し前までは、呼べば直ぐに応えてくれるほど近くにいる存在。それが今は、遠い彼方へと消えてしまった彼の人。

マイスターの目の前には、今はもう『亡骸』としか呼べない、プロ―ルのBT体が在った。
「プロール…、もうすぐ、14日になってしまうよ…」
呼び掛けても応えは無い。
ほんの二時間前、通信モニター越しに交わした言葉と約束。それが最後になるなんて、あの時の二人には想像できなかっただろう。
否、或いはプロ―ルは気付いていたのかもしれない。これから自分に待ち受けている運命を。
だからこそ、希望と絶望の狭間で交わした約束に、未来を託したのだろうか。


――必ず、帰る――君の所へ――

「君が…約束を破るなんて、信じられないな」

もう、あの時の彼は、二度と戻っては来ない。




マイスターは、自分のラボとして使用しているZoom―Zoomの調整室に居た。いつもの様にデータ整理にコンピューターに向かっている所へ、メインコントロールルームのオーバードライブから通信が入る。
『マイスター副官、セイバートロン星から帰航中のプロ―ルから連絡が入りました。現在予定通り太陽系圏内を航行中との事です』
「分かった。木星圏には敵軍の潜伏も予想される、十分注意するように伝えてくれ」
『了解。あ、待って下さい、プロ―ルから副官に直接繋いで欲しいと要望が有りますが…』
プロ―ルから。その一言で思考が一瞬止まる。高揚する気持を抑え平常を装う事は慣れているマイスターは、通信を自分へ繋ぐように指示し、オーバードライブは直ぐに通信を切り替えた。
モニターに映し出された想い人の姿が、妙に懐かしく感じる。

「やあ、久し振りだねプロール。故郷を満喫して来れたかな?」
『ああ、嫌と言うほど満喫させられたよ。敵軍の残党捜索やら基地の設営作業やらで休む暇もないさ』
セイバートロン星をデストロンから奪還したものの、自軍の損害もかなりの物だった。プロ―ルはその陣頭指揮と逃走した敵軍の残党捜索で、1ヶ月間地球基地のシティを留守にしていた。そして太陽系に潜伏している可能性を示唆した総司令官の命令によって、各惑星を捜索後に地球に帰還する途中だった。

「随分長い間、君と会っていない気がするのは、私の気のせいかな?」
『大袈裟だな、たった一ヶ月だろう。もっともその間に、こうして話をするのは稀だったな』
「そうだよ。プロ―ルの方から私個人へ通信を入れるのは、コレが初めてだな。珍しいじゃないか、君が私用で通信を使うなんて」
『公私混合しないのが俺の主義だ、君も知っているだろう』
「勿論知っているとも。だからこうして私と話している理由を聞きたくてね」
冗談混じりの会話の中で、お互いの本心を何処かで隠しあっている、そんな緊張感。

そして暫くの沈黙の後、先に切り出したのはプロールの方だった。常に聞き役であり、私情で自分を出す事は無いプロ―ルからの言葉に、マイスターは黙って聞いた。
『明日は、14日だな…』
「そうだな」
『このまま何事も無ければ、予定通り14日には地球に帰還できる。その後…、君との約束があったな』

1ヶ月前、プロ―ルがセイバートロン星へ出発する直前に、マイスターは自分の全てを彼に打ち明けた。
想いを、全て。
そしてその答えを、帰って来た時に聞かせて欲しい。そう約束した。

「覚えていてくれたんだ、嬉しいよ。忙しさに忘れているんじゃないかと心配していたんだ」
『茶化すなよマイスター、俺は冗談を受け流してやれるほど余裕の有る男じゃない」
「私だって時と場合を選んでるよ。でも、こうでもしないと気持が落ち着かない私の心情って物も察して欲しいね」
『そうだな…、その心情って奴を察してやれるまで、随分と時間が掛かったな…」

再び沈黙が二人を包む。伝えたい事、伝えて欲しい事。お互い分かっている筈、しかしそれを直ぐに言葉に出来ないでいる。

「プロール、私の方からは、伝える事は何も無い。あの時に、全て君に伝えたはずだからね」
『分かっている。直接会ってから答えを聞かせようと思っていた…だが』
「だが?」
『俺は話の上手い方じゃない、君と向かい合った時に…伝えきれるかどうか自信が無いんだ。だから今の内に…、俺が考えていた事を伝えておきたい』
マイスターは、黙って聞いていた。
プロ―ルは一呼吸おいて、それから静かに話し始めた。

『あれから、時間の許す限り俺は君の事を考えていた。マイスターの為にこんなに多くの時間を費やしたのは初めてだった。そう…初めてだったんだ、俺にとっては。

戦いの時もそれ以外の時も、俺達はいつも一緒だった。それが当たり前だと、何故疑いも無く居られたのか、その意味を考えていたよ。
だが…考えても、答えは見付からなかった。唯一つ、確かな事は有った。
それはマイスターが俺を必要としてくれていたからだと思った。必要とされる事へ応えようとしていた、君の為に。

自分の存在が必要とされている事が、嬉しかったのかもしれない…。だから一緒に居たんだ』

プロ―ルの言葉はいつもと変らない淡々とした口調だが、そこに込められた想いは今までに無い熱いものだった。


必要だった。自分自身を守る為に、頼れる存在がマイスターには必要だったのだ。
長い戦争の中で、気付かぬ内に傷付き失っていく自分の中の何かを守る為に、それを補い与えてくれる存在がプロールだと気付いた時、喜びと共に心を蝕み始めた罪悪感。
誠実で優しく、常に聞き役として物事を受け止め、的確なアドバイスをくれる彼を、自分は、自分自身の弱さを隠す為に利用しているに過ぎない。
相手に依存し、寄り掛かるだけなら自分は楽になるだろう。だが、依存された側の立場から見れば、それは重荷にならないだろうか?。自分がプロ―ルを必要とする事が重荷になり、突き放されないだろうか、その不安と恐れが長い間マイスターの心の中で壁となって、想いを堰き止めてしまっていた。

その壁を越え、想いを伝える事で変えられる事があると教えられた。もう一人、同じ苦しみを背負っていた彼によって…。

『一緒に居たら答えは見付からなかったかもしれない、この1ヶ月は、俺にとって掛け替えの無い物を与えてくれたよ、マイスター』
そう言ってプロ―ルの見せた笑顔は、いつもの、マイスターを励ます時のような真っ直ぐで穏やかな、マイスターにとっては、何度も救われたあの笑顔だった。

報われたのだと、そう心から思える、彼の人からの言葉。


マイスターの反応が得られないことに、少々恥しくなったのか、プロ―ルの表情が沈む。
『…すまない…、やはり上手く伝えられないな…』
「プロール、ありがとう…」
『待ってくれよ、まだ答えは聞かせていないんだ。帰ってから、君に直接会って伝えなくちゃいけない事だろう?、今ので満足されたら俺の立場が無いじゃないか。マイスターが俺に思いを打ち明けてくれた時、どれほどの勇気が必要だったか、今の俺には分かる。だから俺もその勇気にしっかりと応えたいんだ。待っていてくれ』
「ああ、待っているよ。君が心変わりしない内に早く帰ってきてくれると嬉しいね」
精一杯の平常心で、マイスターはいつもの様に冗談交じりに返事をする。いつもの様に、それが二人にとってとても大切な事だと、プロ―ルも感じていてくれた事に安心と共に喜びを感じてた。

『マイスター』
「何だい?」
『……必ず、帰る。君の元に』
「どうしたんだ?、急に改まって」
『何となく、言っておかなくてはいけない気がしたんだ…』
「プロール?」

真剣な表情が、重い空気に変える。しかし、それを振り払うようにプロ―ルは直ぐに笑顔を作って見せた。
『俺が帰還したら、直ぐにBT体へ転生する。準備をしておいてくれよ!』
「ああ、分かった」
『地球圏に入ったら又連絡する。…待っていてくれ』




希望と絶望の狭間で交わした約束に、彼はどんな未来を、託したのだろうか。





「木星圏を航行中のプロールより緊急通信!。敵軍の襲撃を受け応戦中!」
「援軍出動!、整備班はスペースクルーザーの発進準備を急げ!」
『無理だ、もう間に合わない…。ホイルジャック、ラチェット…俺のBT体の準備は出来ているな。今から…俺のコアを…転送する…っ!』


突然なのか。それともこれが運命の必然と言う物なのか。

『このまま…此処で、死ぬわけには…行かないんだ…っ』

目の前のモニターに映し出されたのは、ほんの数時間前に会った彼からは想像できなかった姿。

『――ッ…、心配…するな、直ぐ――そっちに…――』

ノイズ交じりの通信が、途切れ途切れに映し出す運命の瞬間を、マイスターは成す術もなく見届けるしかなかった。

「BTシステム遠隔操作可動準備完了!、プロ―ルの生命コア、亜空間転送開始!」

――か…ず、かえ…――き…の…ころ…――マイ――…ぁ――』
「プロ―ルっ!!」

叫び声は、彼に届いたのだろうか。

通信の途絶えたモニターからは、もう何も伝えてくれるものは無かった。

「シャトルの機影が、レーダーから消えました」

「亜空間回線、遮断されました。プロ―ルの生命コアを捕捉出来ません。エネルギー反応は完全に消失」



全て、消えてしまった。

彼の命。

二人の想い。

掛け替えの無い時間。


これが、運命?。歪められた未来に待っていた、二人の運命だと言うのだろうか?。


プロ―ルは、生きている。遠い空間の彼方で。




僅かな希望が、これからの自分に、絶望以上の苦しみを与えるだろう。



マイスターの目の前には、今はもう『亡骸』としか呼べない、プロ―ルのBT体が在った。
「プロール…、もうすぐ、14日になってしまうよ…」



――必ず、帰る――君の所へ――



「君は…どんな答えを、私に聞かせてくれる…つもりだったんだい…?」

例え、あの時の彼が、もう…二度と、戻っては来なくとも。





<END>
2006.3/30UP


プロールのBT設定が判明してから、書こうと練っておりました「運命の日」ネタ。

この話はうっすらと、お題5.激戦にリンクしています。