◆シルバーの血、ダークの子◆


「ええええーーーっ!?、監督を辞めるぅうううっ!?」
シルバーキャッスル本部ビル。オーナーのルリーを含めた銀城親子の団欒の場。
プライベートなリビングにルリーのひっくり返ったような声が響いた。
「どおしてっ?!、ねえどおしてっ?!。お父さんが監督を辞めたら誰が監督をやるのよっ」
「落ち着きなさい、ルリー」
「コレが落ち着いていられますかって!」
喧々と詰め寄る愛娘の剣幕に、父親のリカルドは相変わらず冷静だった。

事の発端は、UN社との業務提携という事実上の乗っ取り騒動が決着し、シルバーキャッスルのリーガーたちがそれぞれの道を歩む為にチームを離れていった。
結局シルバーに残ったリーガーは10人。サッカーは出来なかった。
本来サッカーチームであるシルバーキャッスルは、例の騒動の後始末やメンバーの脱退でサッカーリーグ前期戦はほぼ欠場状態だった。野球リーグだけで活動を続けていたが、後期リーグ開幕を機に再びサッカーリーグ復帰を目指しメンバーを募集しようと相談していた時、現チーム監督であるリカルドが突然「辞任宣言」をしたのだった。

「ただでさえメンバーが少ない上に、監督まで居なくなったらチームはどうなるのよぉ…」
「そう、悲観する事もないだろう」
「こうなったら叔父さんに戻ってきて貰うしかないかー」
「それは無理だ」
リカルドが監督を辞めることに反対したいが、どう言っても聞きはしないだろう実の父親に、ルリーは早々に次の手を考える。
しかし、その提案さえもリカルドはあっさり却下した。
「何で?」
「エディはブルアーマー達アメフトチームの監督をしているんだろう?。そのチームを捨てろというのかい?」
「それはそおだけどぉ…。じゃあ他に誰がいるって言うのよ?」
「それはオーナーのルリーが決めるんだ」
「アタシが?」
「そうだ。それもオーナーの仕事だよ、ルリー」
「うぅぅぅー…。他にシルバーの監督なんて思いつかないんだけど。ところでお父さん、そもそも何で辞める訳?」
リカルドの辞任宣言で気が動転していたルリーは、もっともな疑問を思いついた。
UN社との一件も片付き、かつては険悪であったダークスポーツ財団とも友好を築いている現在、リカルドがチームを離れる理由が思いつかない。また何処かにふらっと放浪の旅に出るつもりではないだろうかと、ルリーは心配になった。
「お父さん…また…」
「心配しなくとも、此処を出て行くつもりはないよ」
「でもぉ〜…」
前科がある身としては心配されるのが聊か心苦しいが、リカルドには当然目論みもあった。
アイアンリーグをロボットたちの理想郷にする為に、それを脅かす存在から如何に守るべきか。その為に今何を成すべきか。
「実はな、ギロチがダークのリーガー事業の一環として、ロボット工学研究所の設立を提案してな。そこの所長をやらないかと誘いがあった」
「ロボット工学研究所ーっ?。…ダークって色んなコトやってるのね…」
感心するところが実に子供らしい。
ルリーが感心したように聞いていると、リカルドは優しい笑みで頷いた。
父親の微笑をどう取ったのか、ルリーは大きくため息を一つついた。そして、仕方がないという風に肩をすくめた。
「もう。お父さん、言い出したか聞かないんだから」
「そりゃ、ルリーの父親だからな」
「仕方がないわね。その研究所ってきっとこれからアイアンリーガーの為になるんでしょ?。それならお父さんに向いてると思うわ」
「有難う、ルリー」

長い間離れ離れだった親子。
会えなかった時間は取り戻せなくとも、今こうして傍に居られる。

幼い娘を弟に託し、半ば逃亡生活のような旅の中でシルバーキャッスルの噂を耳にする度に見守ってきた。
世界を変えるために、技術者としてリーガーにスポーツをさせてやりたいという思いと、アイアンリーグを楽しむ人間たちへの複雑な思い。

そして、変える事が出来た。
変える事が出来ると証明した。

だからこそ、これからはシルバーキャッスルも変わらなければならない。

「ルリー。『銀城の血』に拘ってはいけない」
「銀城の…血…?」
突然何を?、とルリーは思ったが、何時になく真剣な眼差しの父親に何かを感じ、黙って聞いた。

「今までシルバーキャッスルは我々家族のものだった。それは私が創設したチームだったからだ。そして娘と弟やずっと付いて来てくれたスタッフたちが守ってきた」
「うん」
「だが、これからは違う。家族だけのものではない。アイアンリーグの、ロボット社会全体の為に、他の人間も受け入れなければならない」
「だから『銀城の血』に拘るなってこと?。お父さんや叔父さん、工場長たちの他に新しい人を受け入れろって…」
「世界は変わった。シルバーキャッスルも変わる。それは必然なんだ。家族の血に拘れば、何時かは取り残されてしまう。UN社と合併してルリーも分かっただろう。良くも悪くも、オーナー次第だ」
「…お父さん、それ矛盾してない?」
「何がだい?」
神妙な面持ちで話を聞いていたルリーから、思わぬ反論が出た。これは予想外。
「家族に拘るなって言ってて、娘の私次第だって任せるのはおかしくない?」
「その事か。確かにオーナー次第だといったが何もルリーの事だけじゃない。どのチームでも言える事だ。ダークはギロチの独裁体制が長く続きすぎた為に歪んでしまった。だが新しい世界を目の当たりにしてギロチが心を入れ替えた。だからこそ今のダークは友好的になっている。そして何時かはギロチもその席を譲るだろう」
「…あ…」
ルリーには思い当たる事があった。
UN社との騒動で一時的ではあるがオーナーの座を追われ逃げ回った日々。
ただチームの事を考えた。シルバーキャッスルという名を汚させない為に取り戻したいと。

だが、考えなかったこともない。

もしかしたら、自分よりオーナーにふさわしい人が居るのではないか?、と。

お父さんが、オーナーになっていたら、こんな事にはならなかった、と。

先程までの家族団らんの穏やかな雰囲気は、少しづつ冷えていっている。
次第に俯いてゆくルリーに、リカルドはただ黙って見守った。
「お父さん…アタシ…」
「何だい?」
「お父さんが戻ってきた時、そのままオーナーに戻るんじゃないかって思ってた…」
「だろうな。エディにも同じ事を言われたよ。でも今のオーナーはルリーだ。私はもうチームに関わる事はないだろう。それが世界が変わるというこでもある」
「そして、何時かアタシも…オーナーを辞めるときが来る…」
そう言ってルリーはぎゅっと目を瞑った。
自分がシルバーキャッスルを去る日の事を、考えて。

辛い。哀しい。
ずっと、このままでいたい。

ルリーの心情をリカルドは察していた。
しかし、慰めも勇めもしなかった。

ただ、自分で考えて欲しい。考えて感じて欲しい。
それは必ず訪れる、世界の必然なのだと。


「ルリー。もっと世界を見なさい」
「世界…?」
「そうだ、世界だ。今まで『シルバーキャッスル』という名の「城」に閉じこもっていた。アイアンリーグしか見ていなかった。…もっとも、そうさせてしまったのは私の責任でもある。だが、これからは自由に世界を見なさい。そして、沢山の人間と触れ合うといい。そうすればもっと素晴らしいオーナーになれる」
「でも、お父さんのようにはなれないわ…」
「マグナムエースが言ってたじゃないか。『アイアンリーガーを磨くのは、アイアンリーガーだ』と。我々も同じだよ『人を磨くのは人』だ」
「だから…お父さんは『銀城の血』に拘るなって…。そういう意味なのね?」
「リーガー以外に、家族以外に、心を許せる信頼できる人を見つけられるようにしなさい。それは父親としての素直な願いだ」
父親としての愛情。
ルリーがずっと求めていた家族のぬくもりが、今ここにある。
重く冷えていってしまった雰囲気が、次第に柔らかくなってゆく。
「…監督を辞めても、家に居てくれる?」
「勿論だ。研究所の建設予定地は此処から近い。家から通うようにするよ」
「うん。研究所、早く出来るといいね」
今まで俯いたままだったルリーは漸く顔を上げた。
その表情は、少し大人びて見えた。
子供の成長は早いというが、僅か数分のこの会話で、ルリーはまた一つ大人になっていた。

シルバーキャッスルのオーナーとして。
1人の女性として。

父親として嬉しいものだった。






「それにしても監督と新しいメンバー。どうしようかなぁ〜?」
会話の振り出しに戻って、本来の問題に立ち返るルリーとリカルド。
決めるのがオーナーの仕事と言われた矢先、ルリーは真剣に考えていた。
「次のオーナー会議でギロチに相談してみるといい」
そんな姿を微笑ましく思うリカルドは、監督としての最期の勤めとしてルリーに提案した。
「ギロチさんに?。…でも…」
「頼れる人には頼っても良いんだよ、ルリー。それも人と触れ合うことだ」
「うーん。そうね。ギロチさんって人脈豊富そうだし、良い人知ってるかも知れないわね!」

この切り替えの早さが、彼女の何よりの強みだと。リカルドは我が娘を心の中で賞賛した。








――― それから数日後 ――― 。

「オーナー、お客さんですよ」
いつもの様に練習グラウンドで用具の整備を手伝っていたルリーの元にリュウケンが声をかけた。
「お客さん?。誰だろう…。あっ、もしかして求人を見た新しいリーガーかな!」
「うん…そうらしいんだけど…、でも…」
「でもも何もないわよ!。直に行くわっ」
何故か口ごもるリュウケンを気にもせず、ルリーは直にグラウンドの入り口まで走り出した。
そんなルリーの姿を見た他のメンバーが興味津々の様子でリュウケンに問い詰めた。
「なあなあ!どんなやつだった?」
「何のリーガーだって?」
「ちゃんとサッカーできる奴かなぁ?」
それぞれが好き勝手の想像している。そしてマグナムエースがリュウケンに尋ねた。
「本当に求人を見てやって来たリーガーなのか?」
「うん…。そう言ってた。でも、リーガーだけじゃなくて男の人が1人、一緒だった」
「男の人?」
リーガーと人間が一緒に尋ねてくる。これはただ事ではない予感がしたのか、シルバーのリーガーたちはオーナーの後を追うように走り出した。

「多分、驚くと思うけど…」
1人取り残されたリュウケンが、ポツリと感想を零した。



その頃、リュウケンの感想どおり驚いているのはルリーだった。
お客さんというのは、余りにも何と言うか複雑な相手であった。

「こちらで、サッカーの監督とリーガーを1人募集していると聞いてきたのですが。まだ空いていますか?」
何処の営業マンかと思うほどの社交的な口調。凛々しく着こなしたスーツ姿の男性。
その隣には、頭部が特徴的なサッカーリーガーが1人。

驚きでパクパクと口を開いていたルリーが意を決して尋ねた。
「あ、あの…もしかして…」
「シルバーキャッスルに入団したいのですが、間に合っていますか?。ミス銀城」
男の浮かべる笑顔は、かつてのような挑発的な不敵な笑みではなかった。



シルバーの血にダークの子が加わった日。

それは新しい世界の始まり。


<END>





OVA後日談第2弾。
とか言いながら、放送当時に下書きしたまま放置だったSSを加筆修正しました。
銀城親子の話は、色々面白いネタが豊富。オヤジ、最強。
リカルドさんのあの飄々とした口調と、どこか哲学的な言葉はなかなか真似できない。そしてルリーちゃんが可愛く表現できない、自分要修行っ。

最期にやって来た新監督と新リーガーは、皆様のご想像通りの人で。
アイツは絶対死んでない説支持派です。
一度ダークをやめて復帰する話はよく見ますが、自分としては是非シルバーでやって頂きたい。
かつての古巣と因縁の対決をして頂きたい。もちろん正々堂々と。
優勝決定戦から強制引退の話で二人に惚れた人、挙手 ノ 。

次はまたGZの過去捏造話を書きたい、です。ギャレGとかリュウGとかなー。