◆ふたつの心、ふたりの心◆


白い世界は、ただ何処までも静かだった。

かつて此処が、戦場であった事を覆い隠すように、雪は世界を静かに包み込んでいた。


吹きすさぶ雪原のなかに、特徴的な宇宙船が停泊している。その機体には、あるマークが印されていた。
魂を繋ぐ印しとして。


ボーシップ号の窓から、GZはそんな白い世界を眺めていた。
目を閉じたまま。
雪は風に乗って流されてゆく、その雪原の情景の中には動いている物のいる気配は何も無い。

ここもかつては戦場だった。
多くの戦士たちの亡骸が、この雪の下で眠っている。
それでも。あの頃と変わらず、雪はただ降り続けていた。
そう思うと、GZはやり切れない思いと虚しさを感じ、そっと目を開き、また閉じた。
吹雪によって聞こえる風の鳴き声が、散って逝った戦士たちの声に聞こえるようだった。


「GZ、この領域は既に戦闘が終了している。捜索するだけ無駄のようだ。撤収しよう」
ギャレットが近づき声をかける。
窓の外を眺めたまま動こうとしないGZを不思議に思いながらも、ギャレットは更に近づきGZの隣に立つ。
「この天候では船外作業も無理だろう。何を思ってこの星に立ち寄ったかは知らんが、用が無いなら早々に次の目的地に移動すべきだ」
ギャレットの淡々とした言葉に対して、GZはただ口をつぐんだまま、笑った。
ギャレットより少し背の低いGZの表情を窺い知る事は難しい。返答の無い相手に少々焦れたギャレットは、GZの肩を掴むと強引に身体向き合わせた。
「GZ!、聞いているのか!」
「もうすぐ、風が止む」
「何…?」
無反応だったGZが応えた事は、今までの会話では何の脈絡も無い事だった。
「風が止めば雪も止む、この星の気象状況は定期的に変化する。パターンが把握できれば環境の適応が簡単な場所だ」
「それがどおした。すぐに此処から撤収だ」
「それは出来ない」
「何だと?」
ずっと目を閉じ俯いたままだったGZが顔を上げ、目の前のギャレットと視線を合わせた。
そこには強い意志と、その影に哀しさも含んでいる視線。それから少し困ったような苦笑いを見せる表情。
相手の意図が読めない、ギャレットは戸惑っていた。
「…GZ…」
「風が…止んだな」
また窓の外に視線を向け、GZが言う。
その言葉に釣られギャレットも窓の外を見れば、先程まで鳴いていた風の音が聞こえない。
流されて飛んでいた雪も、静かに白い大地に舞い降りていた。

するり、と。
GZはギャレットから離れ、ブリッジから出てゆく。
「おい!、何処に行く?!」
「外だ」
「外って…まだ雪が」
「それもすぐに止むと、さっき言っただろう」
今まで見たことの無いGZの振る舞いに戸惑うギャレットは、慌てて後を追った。

昇降デッキから外に降り立つGZと共に、ギャレットも外へと足を踏み出した。
GZの言うとおり、雪も止み始めていた。
白い大地を踏み締め、GZはボーシップから離れてゆく。まるで何かに導かれているように、迷いもなく足取りは進んでいった。
その姿をただ呆然と見守っていたギャレットには、GZが何故この星に立ち寄りたいといったのか理解できないでいた。
そして今までの様子を見て、相手の意図が読めない、理解できない焦燥感。
自分にはまだ、相手の心と分かり合えるだけの心が備わっていない事を実感させられる。
まして、それが想い寄せる相手では尚の事。

次第に遠ざかってゆくGZの後ろ姿に、ギャレットは飛行形態に変形すると飛び立った。


「何処へ行く?」
GZの前に降り立ったギャレットが、行く手を阻むように問いかける。
事実、これ以上行かせる気はないようだ。向かい合った二人の間には思いの温度差が感じられる。
「隊長のお前が単独行動を取るな」
「俺はもう、隊長じゃない」
「ではボーシップ号の艦長とでも言おうか。指揮する立場である事には代わりが無い」
焦れたギャレットが強い口調で言う。そんな彼に対して、仕方がないという風にまた少し困った様な苦笑いを見せるGZ。どうしても戦場での指揮系統に拘りたいらしい。
どこまで過去の自分に似ているのか。可笑しくて、愛しい。
「…お前も、一緒に来るか?」
「…行こう」
彼が、構って貰えなかった子供が拗ねているのと同じだと、思ったが、GZは口には出さなかった。そんな感情すら彼にはまだ分からないだろう。
ギャレットの肩をポンと叩くと、その脇をすり抜け先を歩き出す。ギャレットも後に続いた。
ようやく振り向いてくれた事に安堵し、さっきまでの焦燥感は消え、申し出に素直に応じた。



風も、雪も。
音を立てるものが何も無い、白い世界に、二人の足音が響く。
ボーシップ号が小さく見えるくらい離れた場所。そこにはなだらかな雪原の中にあって一つだけぽつんと氷の柱が立っていた。
「ここだ」
氷の柱を前に立ち止まり、そして足元に視線を移しながらGZが呟いた。
「此処は何だ?」
「俺の、生まれた場所だ」
「何…だと?」
ギャレットは辺りを見回したが、其処には何も見当たらない。こんな何も無い場所でアイアンソルジャーが製造されるはずが無い。
「GZ、お前はダーク社製だろう?。こんな所で造られるはずが無い」
「そお言う意味じゃない」
「では、どお言う意味だ。今日のお前の行動には、不可解な点が多すぎる。状況は正確に報告しろ」
「まったく…お前らしいな」
「俺…らしい?」
「未だに戦場での習慣が抜けないところだ」
また、仕方がないと思ってしまう。しかしそれを諌めようとは思わない。彼には彼なりの進み方がある。過去の自分が仲間からそうやって見守られてきたように、GZはギャレットの心の変化を見守ってきた。自分なりに、不器用ではあるが。
「…すまん。俺にはまだ、お前のように感情を理解する事が難しい…」
戦場で、という言葉にギャレットも思い当たる事があるのか、素直に自分の非を認める。分からないからこそ知りたいと思い、こおして傍に居る事も、だからこそ理解できない感情を向けられると、何とも言い難い焦燥感に苛まれる。
そして、また更に彼のことを知りたいと願ってしまう。
「此処に来たのは、何故だ?」
「此処はな、俺が初めて戦った場所だ」
「お前の、戦場?」
「そお言う事だ。この氷の柱は仲間たちの墓標だ」
GZが身を屈め、地面の雪を少し掘ると、其処から氷の表面が見えた。
無骨な指が掘り当てた氷の表面を優しくふき取ると、結晶の中から何かが見えた。
GZの背後から興味深げに覗きこんでいたギャレットは中の物を目にし、絶句した。
「っ!?」
「俺の、仲間だ…」
氷の中に微かに見える色と輪郭。それは明らかに人工物の影。この地で散ったアイアンソルジャーたちの亡骸だった。
「俺が初めて配属された部隊は、数こそ少ないが極寒地専用の精鋭部隊だった」

語られる過去。戦場の記憶。
共に同じ境遇を経験した者同士。ギャレットは黙って聞いていた。

「だが…少数精鋭とは名ばかりで、実際には最前線の哨兵みたいなものだ。少ない仲間とそれを賄う僅かな物資で俺たちは戦場で戦った。それでも…辛くはなかった。何もかもが不足していた環境で、我々は互いに協力し合う連帯感を強くしていった」
苦しい戦いでも、仲間が支えてくれた。共に生き抜くことを誓った仲間達。

今思えば、初めての戦場が此処で良かったと、GZは思っている。環境は違えど「仲間を思う心」をこの戦場で学んでいた。それが後にシルバーキャッスルへと自身を導く事になる。

厳しいが面倒見の良かった隊長。
新兵の自分に戦術の何たるかを教えてくれた、オイルを分け合った仲間達。
そして、命さえも。


「本当なら…俺もこの氷の中に葬られているはずだった…」
この戦場での最期の戦い。作戦は成功し、敵は殲滅できた。
しかし、仲間は…。
「今の俺のこの身体は、そおした仲間たちの残骸から集めたパーツで修復された物だ…」
生き残った。仲間たちの残骸の上に。戦いの中で失っていた仲間たちが残した命の欠片。
「だから、此処は俺が生まれた場所でもある…。GZという名のアイアンソルジャーが生まれた場所…」
仲間から集めたパーツと記憶回路に残っていたメモリー。それは今もGZの中に生きている。
そして、今の名前も。

「そうか…分かった」
ギャレットが一言、納得したように呟いた。
ただ、それしか言えなかった。

氷の中の仲間を慈しむ様に、なぞられる指先。
多くの命を奪ってきたその手が、失った仲間を弔う。
矛盾した世界で、生き抜くことと戦う事を強いられてきた。
そうして出来た「心」は、今、二人を感傷へと誘う。

リーガーの中では背の低いGZは、雪原に身を埋めている姿は更に小さく見える。
その姿が余りにも哀しい。
背後から見守っているだけだったギャレットは、GZと同じように身をかがめると、GZの小さな身体を、そっと抱きしめた。
「すまん…GZ」
「何を謝る?」
「俺はまだ、お前のようになれない」
「俺のように?」
「心だ…。俺にはお前のような心を持つことは、まだ…難しい」
哀しいのは、彼の心を思ってではない。
心を理解できない、自分自身が哀しい。なんとも自分勝手な同情。
それでも、抱きしめずにはいられなかった。
「かまわん、それがお前だ」
「だが、俺は…」
「ギャレット。お前は俺になる必要はない。求めている「心」の形は一つではない」
「心の…形?」
「そうだ、俺には俺の、お前にはお前の。心とはそういう物だ…。俺もそうやって自分の心を探してきた」
抱きしめてくる腕はぎこちない。不器用なのはお互い様と、GZはその腕に身を預ける。
こうして少しづつでも、理解しようと足掻くギャレットの姿に過去の自分の姿を見る。
そして思う。自分もまだ「心」を探している途中なのだと。


抱きしめられれば安堵する。その想いが何なのか。まだ言葉に出来ないでいるうちは。

抱きしめると安堵する。その想いが何なのか。言葉にして伝えることが出来ないうちは。

まだ、探している。二つの心。



「こんな所まで、つき合わせてしまって悪かったな」
「いや、俺は感謝している」
掘り起こした雪を元に戻し、亡骸を納めた氷の表面を埋めてゆく。
此処は思い出の場所。
そして約束の場所。
「俺は、お前のようになりたい訳じゃない」
「そうか、それが分かれば良い」
「俺はお前の事が知りたい、GZの事を知れば、俺の心も見つかるかもしれない…、そう、思えるんだ」
「随分と未確定事項だな」
「それが、俺。なのだろう?」
「…そうだな」
少し困ったような、苦笑いを見せるGZ。
その表情が、いつか変わるだろう事をギャレットは確信した。

いつか、自分の心を見つけたとき。



『ギャレット?。GZ?。今何処に居るの?』
突然、作戦指示用の通信回線からシーナの声が響いた。
「こちらギャレット。ボーシップ号から少し離れた場所に居る。こちらから目視できている範囲だ」
『勝手に船外に出てはダメでしょう!。直に戻ってらっしゃい!』
そお言われれば、誰にも断りを入れていたなかったことを思い出し、二人でしまったと焦ってしまった。
『ダメだよシーナ〜。せっか二人っきりでイ・イ・コ・トしてる最中なんだから〜』
『ええー?兄さん、イ・イ・コ・トって何ー?』
『貴方たちは黙ってなさいっ!、まったく何処でそんな事を覚えて来るのかしら…』
シーナからの通信のウラでキラー兄弟が相変わらずの兄弟漫談を繰り広げている。それを聞いているワイルドバンカーの4人の笑い声も聞こえていた。
「こちらGZ。了解、直に戻る」
通信を切ると、思わず二人揃って吹き出してしまった。
「行こうGZ。仲間たちが待っている」
「わかった、行こう」
「飛ぶぞ。しっかり掴まれ」
「安全飛行で頼むぞ」
ギャレットが飛行形態に変形すると、そこへGZは抱きつく格好になる。
そのまま飛立つと、ジェット噴射の熱風で雪が舞い上がった。
そのままぐんぐんと上昇する二人。

GZは遠ざかる氷の柱を見つめていた。
二度と此処へは来ないだろう。
そう、誓いを込めて。


何時かきっと。

共に行き、戦う事を誓った仲間たちへ。

魂の安らげる世界を築いてみせる。


白い世界を覆っていた鉛色の雲の隙間から、日の光が差し氷の柱を照らした。


<END>


4年ぶりのIL新作SS。
DVDで見ては萌え倒れたOVA。アレは…賛否両論ですが、オイシイ所で萌えられるのは素直に評価。
OVAはGZの為に作られたといっても過言ではないと思っている腐心。


今回のテーマ曲「はるまついぶき」をエンドレスで聞きながら。
アレはギャレGソングと認定。