15.コード<4話>



「何故…、こんな事に…」
同じ惨劇を目の当たりにして衝撃を受けているのは、ラチェット一人ではない。
おそらく、誰よりも深く傷付き悔やんでいるのが、マイスターだった。


「プロール…」
あの後、スモークスクリーンの暴走で攻撃を一身に受けたプロールは、意識をシャットダウンさせたまま集中治療室に運ばれた。マイスターはその間も彼の傍を離れる事が出来なかった。私情に流されてはいけない立場である事は承知している。しかし、離れられなかった。
「あの時と、同じだな…」
調整ベットで眠るプロールの手に、そっと触れた。
あれほど傷付いたボディは、元の通りにリペアされている。
「君は、もっと言葉にして話さなくては駄目だぞ…、ストリークもスモークスクリーンにも、君の心をちゃんと分かって貰わないといけない」
プロールが口数の少ない寡黙タイプである事は、周囲の者達には理解されている。しかし、それは任務上の性質であり、プライベートではそれが他者とのコミュニケーションの弊害になることを、マイスターは折に触れては忠告していた。
そんな中でも、プロールが自分に対してだけは本心を語ってくれていると、多少なりとも自負していた。それがささやかな喜びであっても、プロールの想いを理解できる事は、彼を想い慕う者にとっては喜びだった。

「私にも、話してくれないか?、君たちの事を…」

知らないという罪は、重い。
知り過ぎた故の罠は、深い。

今、この時、彼の心を理解してやれないことが、悲しかった。


マイスターが触れていたプロールの手が僅かに動くと、センサーアイの奥に光が宿りプロールの意識が目覚めた。
「プロール」
安堵したようにマイスターが呼びかける、その声に視線をめぐらせ彼の姿を確認すると、暫く何かを考え、それから思い出したようにマイスターに問いかけた。

「何故、君があの部屋に?」
「ラボに立ち寄った時、君がスモークスクリーンを連れて行ったと聞いてね、まさかと思って駆け付けた…案の定だったな」
「そうか…、心配をかけて、すまない」
「せめて私に相談してからでも遅くはないと思うが…、何故、話してくれなかった?」
「これは、俺の問題だ」
「君に関係する問題は、私にも無関係ではない。特に今回の件は、ね」
今度はマイスターが問いかける。それは副官としての責務からではなく、大切な存在として愛すべき仲間を想う故の問いかけだった。マイスターの至極神妙な言葉に、プロールはまた暫く考え、そして言葉を選ぶように答えた。

「ストリークの精神プログラムが特異なのは、君も知っているな」
頷くマイスターを見て、プロールは言葉を進めた。
「原因は、俺にもある。彼を戦場に引き入れたのは俺だ。戦火の広がるセイバートロン星で生き残るには、サイバトロンに加入させ俺の目の届く所に置いておく方が安全だと考えた」
「それは…、以前話した事だ。指揮官として私の責任だと…」
「否、決めたのは俺だ。射撃手にしたのも、地球に連れて来たことも、BT体への最初の被験者に選んだ事も、俺が…決めた事だった」
「許可したのは私だ、君一人の責任じゃない」
気休めの慰めではなく、マイスターは心からそう思っていた。ストリークが少なからずマイスターの存在を意識している事は、当のマイスターにも気付いていた。その想いを「利用」していなかったといえば、それは嘘になる。今になってそれが大きな罪悪感となってマイスターに圧し掛かってきた。
マイスターの悲しみに歪む表情に、普段のポーカーフェイスな彼からは感じられなかった辛く切ない想いを、見ている者に伝えていた。
プロールが目覚める前から触れられていたマイスターの手を、プロールは自分の指を絡め導くように握り締める。言葉だけではない想いを伝えるように、優しく。
「ありがとう、マイスター。だが…違うんだ…」
「プロール…」
「マイスター、俺の話を、聞いてくれないか?」
「ああ…聞かせてくれ、プロール」



プロールは、ストリークとスモークスクリーンとの関係を、順を追ってマイスターに打ち明けた。
語られる真実は、マイスターにとって初めて聞くことばかりだった。
プロールに隠されていた、深く、重い 愛するものへの情を。

決して短くはない付き合いの中で、プロールがこれ程雄弁に語る姿を、マイスターははじめて見た様に感じていた。
淡々と語る言葉に、妙な安心感と聞き易さに彼らしいと内心微笑んでいた。

話を進める途中、繋いでいる手が何度か強く握りめられた。それはプロールの感情の表れ。
辛いのだ、打ち明ける方も。事実を知らされる方も。

プロールの言葉を、マイスターは頷きながら黙って聞いてゆく。

ストリークをサイバトロンに加入させる際に、彼を守るという条件でスモークスクリーンも加入した。
二人が常に行動を共にできる様、秘密裏に作戦要員配置に手を加えていたのが戦略的指揮官である権限を持つプロールだった。
それがプロールとスモークスクリーンとの「契約」。
ストリーク一人を守る為に、私情で動く事のできない立場のプロールは、自分の手の届くところ、目に見えるところにおいて置く事で、彼を守っていると、いつの間にか錯覚し、安堵していたのかもしれない。
「それは、俺のエゴだった…」
実際に傍に付いて、言葉どおりに身体を張ってストリークを守ってきたスモークスクリーンからすれば、ストリークをBT体への実験台に選んだ事は「裏切り」以外なに物でもなかっただろう。
怨まれて当然の報いだと、プロールは静かに受け止めた。

その感情がBT化での後遺症として暴走を引き起こす結果となったのなら、少なくとも今後蘇生される仲間には発症の可能性は低いだろう。
「俺の存在が、あの二人の暴走を引き起こした事には違いがない…」
「だから、君一人の責任ではないと、言っているだろう?」
「上に立つ者としては、失格だな、俺は…」
「いや…、安心したよ。もし私が君と同じ立場だったとしたら、私も同じ事をしていただろう…」
「マイスター…」
「プロール、話してくれて…ありがとう」
繋いでいた手を握り締め、祈るように両手で包み込むマイスターは、その手にそっとキスをした。



初めて触れた、想い慕う相手の本当の心。
それが、辛く悲しい思いを秘めていたものだとしても、自分に向けられているものではないとしても、ただ、心の奥を開いてくれた事が嬉しかった。

マイスターが話を聞いてるれたことに、気持ちが楽になったプロールは、調整ベットから起き上がるともう一方の腕でマイスターの身体を抱きしめた。
そして彼の身体を支えにしてベッドから降りると、しっかり両足で立ち上がった。
「プロール?!、まだ安静にしていないと駄目だろう!」
「いや、もう大丈夫だ。精神的には大分良くなった、君のお陰で」
繋いだままの手を解こうとはしない、それが彼なりの感謝の表れだとマイスターは気付いた。そして、今更ながら妙に気恥ずかしい態度をとっていた事に、照れ臭そうに視線をそらした。

「マイスター、俺はまだ話さなくてはならないことがある…。手を貸してくれないか?」
「プロール…」
まだ話さなくては成らない事、それは、まだ話さなくてはいけない相手が居るという事。
それが誰なのか思い当たったマイスターは、寄りかかる様に支えていたプロールの身体に繋がったままだった調整用接続コードを丁寧に外し始めた。
「私も、話さなくてはいけないことがある、君と、彼らに…」
そう言って、まだ体力の回復もままならないだろうプロールの腕を自分の肩に回し、ゆっくりと二人は歩き出した。

「スモークスクリーンは、ラチェットのところに居る」



<To be continued…>


2007.12/26 UP



えー…、多くは語りません。プロール×マイスターです、いっそリバでも良いです。
結局まだ続きます。
感想というか突っ込みと言うか、言い訳は最終話が書き終わってからにします
orz。

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