◆15.コード<3話>◆ それは何時だったか。 遠い過去、戦場の中で交わした『約束』 壊れ始めた心を抱えて、ただ、戦い続ける日々に、気休めのような戯れなのか、アイツが口にした『約束』 むしろ、『願い』だったのかもしれない。 どちらにしても、叶えてやるには重過ぎる事だった。 「俺…このまま、変わってしまう気がするんだ」 「何に変わるって言うんだ?」 「分からない、俺の知らない、得体の知れない何かに…」 殺して。 壊して。 「でも…、もし本当に、俺が変わってしまったら、俺を殺してくれないか?」 「俺が、か?」 「そう、お前が」 生きる事よりも。 死ぬ事よりも。 「俺が、大切な人を殺してしまう前に…」 「大切な人に、殺されたい…って事か?」 恐れるものが、有ると言う。 「うん、そう。お前にしか頼めないからさ…」 「確かに、副官やプロールには、無理な頼みだな」 アイツの心を侵食してゆく、恐怖。 それからも、何度か同じような事を口にしていた。 死にたいのか、生きたいのか。望んでいるのか、諦めているのか。 その度に、壊れてゆく何かを、止める事は出来なかった。 傍に付いて居るだけじゃ、救いにはならない。願いを聞いてやる、それで彼が満足するのなら、僅かでも救いになると言うのなら、その重すぎる願いを叶えようと、心から思っていた。 願いをかなえれば、本当に救われるのだろうか?。 『ありがとう』と。 言ってくれるのだろうか?。 『なあ、ストリーク…』 懐かしい記憶が、思考回路にまでフィードバックされているのか、ひどく、切ない目覚めだった。 電脳に信号を受けて、意識がオンラインになる。 トランスフォーマー独特の「目覚め」。人間のように自律回復の目覚めの他に、電脳に直接「起動信号」を送る事によって意図的に目覚める事も在る。後者の方法はもっぱら医療用で常用されている。 センサーアイのフォーカスロックが起動すると、見慣れた部屋の天井が見えた。 「メディカルルーム、か?」 「正解、どうやら意識は正常のようだね」 「ラチェット?」 調整ベットに寝かされているスモークスクリーンを見下ろすように、ラチェットが傍らに立つ。相変わらず、治療の事になると高圧的に見下ろす様が聊か恐怖を誘う。そんな思いにスモークスクリーンは苦笑いを浮かべた。 「何があった…なんて、ラチェットに聞くだけ野暮って事か」 「覚えていないと言うのなら仕方がないが、私とて他人の記憶回路を弄繰り回すのは趣味じゃない」 「身体を弄繰り回すのは趣味じゃないのか?」 「……、バラ(解体)すぞ?、スモークスクリーン君」 「冗談だよ」 物騒な掛け合いでも、この会話の中でさえラチェットにとっては診断の目安となる。相手の思考から読み取る、特に心理的な面の治療では。 スモークスクリーンの反応を正常と判断したラチェットは、治療用のコントロールパネルを操作し、スモークスクリーンに接続していた制御用のコードを遮断した。 目覚めた時に再び「後遺症」による「発作」が起きないとも限らない、ボディの全駆動系回路を遮断しておかなければならなかった。しかし特にその事には付言せず、ラチェットに促されて自らのボディを確かめるスモークスクリーンは、意思通りに動くボディに安堵し、そのまま調整ベットに横になった。 「ボディには特に異常はない、だが今しばらくは安静にしていて貰う」 「用心に越した事はないってな、自分の事とは言えまた何時暴れだすか、俺だって怖いさ」 「覚えているんだな…、何をしたか」 「ああ…」 忘れてはいない、自分が何をしたのか。 暴走の引き金になったのは、ストリークの事だった。 積年の恨み…そんな私怨が心の中に隠れていた事を、スモークスクリーン自身初めて気付いた。ストリークが大切に思う相手が、誰よりも残酷な仕打ちをしたことを許せなかった。 『プロールは何も知らない、ストリークがどれほど傷付き苦しんできたか、何も知らないプロールが、許せなかった』 ただ、それだけだった。 「プロールは…、無事なのか?」 「リペアは済んでいる、心配は無い」 「そうか…」 ラチェットは敢えて怪我の容態には触れない、それは決して軽いものではなかった。BT体から容赦無い攻撃に晒されているのだ、しかも容態から見てほぼ無抵抗で受けたであろう傷にもラチェットは気付いていた。マイスターが止めに入らなければ、死こそ間逃れるものの、確実に再起不能のボディに成っていただろう。 「後で、謝らないとな」 「ああ、後でな」 治療が済んでいるのは事実、それ以上は知らせる必要は無い、知ればスモークスクリーンが気に病むだけだろう。今は彼に余計な精神的不安要素を与えない、それが医者としてのラチェットの判断だった。 「ラチェット、聞きたい事がある」 「何だね」 診断カルテをコンピューターに入力しているラチェットに向けて、スモークスクリーンが尋ねた。ラチェットも特に気にした風でもなく、何と無しに返事を返した。 「ストリークの蘇生が失敗したのは、何故だ?」 ラチェットの動きが、凍りつく。 問われた言葉の裏に含まれている怒りを、ラチェットは感じ取った。それは恰も自分を責めているような意図さえ感じられる。 「医者として、アンタなら知っているはずだ…。教えてくれ」 向けられた視線はやはり強い意志を持っていた。今まで何人もの関係者に「蘇生失敗の原因」を説明してきただろうか、極秘扱いされてきた『ストリークの暴走事故』は医師として蘇生時の責任者として、ラチェットは原因究明を続けてきた。他の誰に説明するにも、それはあくまでも仕事と割り切れた。 だが、同じようにBT体への蘇生が仮にも成功しているスモークスクリーンに、この事を告げるには心の何処かが痛んだ。それこそ一番の精神的不安要素を与える事になりかねない。 「別に、アンタを責めている訳じゃない。俺は真実を知りたい、いや…知っておかなければならないんだ、アイツの為に…」 沈黙のままのラチェットに、スモークスクリーンは仕方がないという風に苦笑いを浮かべた。 ラチェットは作業の手を止め、再びスモークスクリーンが横たわる調整ベットの傍らに立つ。見下ろすラチェットの視線が、先程とは違い高圧的ではないことに、スモークスクリーンは気付いている。 「ストリークが眠る部屋で、君の『後遺症』が現れるのも、何の因果だろうな…」 そして、ラチェットは、静かに語り始めた。 ストリークがBT体への最初の被験者に選ばれたのは、彼のコズミックルストによる被害が最小限だった事、移植に最も重要なパーソナルコンポーネントが奇跡的に無傷であった事。そして、BT計画の試作プランはスモークスクリーンをモデルにしていた。 地球産のTFを誕生させる事はBT計画以前から研究が進められていた。その際、基本モデルとしてデータ提供に協力したのが他ならぬスモークスクリーンだった。 彼と同型のコンポーネントを有するストリークになら併用出来るという、データ上の結論から最初の被験者に選ばれたのは、科学的には正論だった。 しかし、其処に大きな誤算が有った。 「我々も、事の重大さに焦っていたのかもしれない…、当時地球に居たTFの殆どがあの襲撃で被害を受けた。仲間を救う道が一つしか残されていない状況で、早急な結果を求めてしまうのは、人間もTFも同じだった…」 ストリークの無傷と思えたパーソナルコンポーネントは、実は最も被害を受けている事に、移植した後に気付いた事だった。 「彼の精神プログラムが特異だと言う事は私も知っていた。だがそれは後天的に生じたものだと、逆に考えればその特異性から移植後のBT体との融合確立も早いと考えた。我々は、其処に賭けた」 その結果が、BT体の拒絶反応という暴走を引き起こした。 「今まで抑制されてきた感情が、移植によって開放され、制御不可能のまま破壊衝動となって表れた、結論だけを言えばそうなる」 「医者が賭け事なんかするモンじゃないな。損をするのはアンタ一人じゃない」 「君に言われると、妙に説得力があるね」 長い説明をただ黙って聞いていたスモークスクリーンが、感想とも言うべき一言をため息混じりに零した。 「それで?、その『後遺症』とやらは、俺にも残っていたって訳か?」 「症状の発症規模こそ違えど、要因はほぼ同じと診ていいだろう…。逆に言えば、君の発症のお陰でBT化による『後遺症』は立証されたと言って良い…皮肉なものだがな」 複雑な表情でラチェットは医者としての感想を述べた。決して喜ばしい結果ではない事は誰に聞いても理解されるだろう。 「君が暴走を起こしたと知ったとき、私はストリークの時の事を思い出した。あの時も…プロールは抵抗しなかった…」 「ストリークが?」 「まるで、同じ光景を見ているようだった…、本当に、何の因果だろうな…」 「そうか…アイツも…」 傷付いたプロールが、うわ言の様にストリークの名を口にしたのは、同じ経験をしていたからなのか。同じように無抵抗のまま傷付いたのだろう。プロールが何故抵抗しなかったのか、その胸中を察するとスモークスクリーンも心が痛んだ。 彼もまた、自分と同じように愛する者を、守ることも救う事も出来ない…そんな焦燥感に苛まれていたのかと…。 スモークスクリーンは、プロールの苦悩もようやく理解した。 「…ありがとう、ラチェット…」 何に対しての礼なのか、ラチェットは敢えて尋ねなかった。 その時、メディカルルームのドアが開いた。 其処に現れたのは二人。 「プロール、マイスター副官…」 <To be continued…> 2007.12/25 UP |
ごぉめんなさぁあーいっ!(モモさん風に) やっぱり後編じゃ終わりませんでしたスミマセン。 妙に解説と言うか状況説明が長くなってしまいましたが、今までのネタに散りばめて来た複線をようやく一つに説明する事が出来ました自己満足(ホント自分だけ楽しくてサーセン)。 今度こそ、次こそ完結させたい…です。副官とプロール視点からストリーク暴走事件の総括。また妙に解説文が長い、かも。 しかし今回はラチェットがちゃんと医者として働いている貴重なネタです(笑)。 |
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