◆27.レンズ◆ 真新しいレンズには曇り一つ無い。そこに今日、あたらな光が灯った。 起動したBT体は調整ベットから起き上がると、真っ直ぐマイスターの前に立った。 美しく反射するバイザーアイが、マイスターの姿を写している。その奥の光学レンズは真っ直ぐ前を向いている。 「おはよう、Zoom―Zoom」 深紅のボディに宿った新しい生命。それは人間とトランスフォーマーにとって未来への掛け橋。 マイスターは自分と瓜二つの身体を抱き寄せ、優しく迎え入れた。 「さあ、今日から此処がお前の家だよ」 Zoom―Zoomと名付けられたBT体は、周りを見回し自分の居る状況を調べ始める。既に自律思考プログラムはは確立され、マイスターのあらゆるデータをコピーして作られた¨レプリカオートマトン¨は、単純なコミュニケーションに反応する事が出来た。 彼らの足元には数人の地球人スタッフと、Zoom―Zoomの¨生みの親¨となった科学者が居た。 「成功だね、マイスター副官」 「君のお陰だよ、チップ。君の頭脳とテレトラン―1がなかったら、この子は生まれなかった」 車椅子に乗った壮年の科学者、サイバトロンの古くからの友人でもあるチップ・チェイスは満面の笑みでZoom―Zoomを見上げた。 するとZoom―Zoomは自分の足元に居るチップを見下ろし、そして徐に手を伸ばした。 「うわっ!?」 「チップ!」 「僕は大丈夫、この子の好きにさせてみよう」 そしてZoom―Zoomは、自分の目線の高さまで車椅子ごとチップを持ち上げ、観察し始める。 マイスターは一瞬止めようとしたが、直ぐに思い止まった。今はこの子の自律思考に任せてみようと思い、チップもまたそれを分かった上で敢えて抵抗を示さなかった。 人間と言う存在の認識データは既にインプットされている、しかしチップの乗っている¨車椅子¨はZoom―Zoomのメモリーバンクには無い。知らない物、初めて見るものに興味を示すのは人間の幼児でも見られる反応。 その様子をマイスターや他のスタッフは固唾を呑んで見守った。 「これは¨車椅子¨って言うんだよ。僕はコレに乗らないと動き回る事が出来ないんだ」 チップの説明にZoom―Zoomのデータバンクに新しい情報がインプットされた。しかし、また疑問があるのか手にしているチップと他のスタッフを見比べて、少し首をかしげた。その様子にチップは、ああ、と思い少し笑った。 「僕は足が動かないんだ、人間にはそう言う人も居るんだよ」 チップは優しく説明した。知らない事は仕方が無い事、これから一つづつ教えていかなければならない。 「Zoom―Zoom、人間は我々トランスフォーマーとは違い身体の構造はとても脆いんだ。触れる時には力加減に気を付けるんだよ」 様子を見守っていたマイスターは、そう言ってZoom―Zoomの手からチップを下ろすように示した。言われた事の意味を理解したのか、Zoom―Zoomは素直に手を下ろした。 持ち上げた時とは対照的に、その動作は丁寧だった。また一つ、Zoom―Zoomのメモリーバンクに新しい情報がインプットされ、そのデータに基づき動作を行ったのだ。それは学習している証でもあった。 床に下ろされたチップは、また笑顔でZoom―Zoomを見上げた。 丁度その時、研究室に入って来た一人の科学者が居た。彼はZoom―Zoomの姿を見るや否や歓喜の声をあげた。 「おお!、ついにご子息がお生まれになりましたか!」 「ハマダ博士」 かつてサイバトロンと交流があった日本人科学者は、Zoom―Zoomの足元に駆け寄るとチップと同じ様に満面の笑みで見上げた。 「マイスター副官のご子息と聞いていましたが、いやはや、立派なお子さんだ」 「ご子息?」 マイスターとチップは顔を見合わせた。 「我々スタッフの間では、このレプリカオートマトンを¨ご子息¨と称してその話題で持ちきりでした。こんなに早くお目にかかれるとは実に嬉しい事です」 ハマダはZoom―Zoomの姿を見て感慨深げに話した。 事実、マイスターのBT化とレプリカオートマトンの誕生は、極一部の限られたスタッフ以外には極秘にされてきた。デストロン軍への機密漏洩を警戒しての事だった。 既に完成目前のBT体をデストロン軍に強奪されたばかり、二人の存在は公に出来なかった。その為に話題のすり替えではないが¨隠語¨としてZoom―Zoomの存在は¨ご子息¨と呼ばれていたのだった。 「マイスター副官の基本プログラムのコピーと、我々地球の科学技術が一つになって生まれた新しいトランスフォーマー!。当に我々にとっては我が子のような存在ですよ」 「ご子息…か。そうだな、この子は私の子供でもあるな」 マイスターは目の前に居るZoom―Zoomを見つめた。 『我が子…か。この子は私を親と思うのだろうか…』 思考を掠めたのは、期待と不安。 Zoom―Zoomは新しい人間の出現にまた興味を示した。どうやら人に会うという事が新しい情報を得ると言う考えが出来たようだ。 「そう言えば、このお子さんのお名前は?」 「名前はZoom―Zoom、日本のコンセプトラボのスタッフが考えてくれたんですよ」 「はじめましてZoom―Zoom、私はハマダです。貴方の健やかな成長を願っていますよ」 「僕も自己紹介が遅れたね。僕はチップ、君達サイバトロンとは古くからの友達なんだ。今日から君も友達だよ、宜しくね」 握手をするつもりで手を差し出したチップに、Zoom―Zoomは暫し考えそして跪き同じ様に手を差し出す。相手の動作を真似する事も学習の一環。 チップと握手を交わした後、Zoom―Zoomは周りに居た他のスタッフにも同じ様な行動を示した。初めての相手には握手をするという行動パターンがインプットされたZoom―Zoom。動作や表情にまだぎこちなさが有るものの、一つの情報からそこまで応用を広げる事が出来るその成長の速さに、マイスター自身内心驚いていた。 いつの間にかスタッフに囲まれて居るZoom―Zoomの姿を見て、マイスターは¨我が子¨の未来を思い描いた。 これから成長し自我を確立すれば、あの子は立派なトランスフォーマーとなるだろう。しかし、人間のように少しづつ学んでは成長して行く過程で、Zoom―Zoomがどんな性格になるのか、それは未知数だった。一つの生命を育てると言う事の責任の重さをマイスターは覚悟した。 元は戦力補強の為の人工知能型BT体の実験から始まった、つまり結果的には戦士として戦場に駆り出される運命。戦士として育てる事も重要な実験項目ではあるが、地球人とのコミュニケーションを経て平和な世界で共に暮らす選択肢も捨て切れなかった。 「マイスター副官」 「何だい?チップ」 「何時かはあの子も戦場に行くんだね、サイバトロンの戦士として…」 マイスターを見上げて話し掛けるチップの表情は少し悲しげだった。彼もまたZoom―Zoomの将来を憂いていたのだ。自分の作り出した生命が戦争で戦う事になる。科学者とは言えその事に抵抗が無い訳ではなかった。自分達は単なる兵器を作った訳ではない、新しい生命を生み出したのだ。 生命を作った責任、生命を育てて行く責任。 「Zoom―Zoomが戦士になる前に、戦争が終るといいね…」 「その為にも、あの子の存在は我々にとって希望となるだろう…」 あの子がこれから目にする世界は、決して平穏ではないだろう。傷付き、汚れる事も避けては通れない。 美しく反射するバイザーアイ、その奥の光学レンズが常に真っ直ぐ前を向いていられる様に、自分達の成さなければいけない事は、戦争を終わらせる事だけではないと、マイスターとチップは思うのだった。 「さあ、仲間達の所へ行こう。皆Zoom―Zoomを待っているよ」 マイスターは優しく微笑み、そして手を差し伸べた。 Zoom―Zoomはマイスターの表情と差し伸べられた手を見比べて、暫し考えた後、その手に掴まりそして同じ様に微笑んだ。 <END> 2006.6/25UP |
「ご子息はじめて物語(人間編)」。 ご子息のご誕生ネタ、普通にほのぼのな日常ネタで行こうと構想を練っておりましたが、中途半端にシリアスになってしまいました。 相手に人間キャラはチップで行こうと決めておりましたが、このBT世界ではチップももういいお年のオジ様となっているはず…、一人称に悩みましたが某資料ムックでオジ様なチップの設定画を見たので、一人称は「僕」で行こうとなりました。 もうお一人人間キャラを出そうと考えた結果、初代16話で活躍(?)したナイトバードの製作者ハマダ博士に白羽の矢を立てました。彼のロボット工学技術がBT体製作にも大きく関わっていると、更に自分妄想設定で補完。 |